わたくしテス夫、実は...
この半年間釣りに行っていない!
愛するイトウを求め往復700キロの遠方へ、一人、5週連チャンしていた釣りキチが...
500キロを日帰りで釣歩き、翌日300キロをまた日帰りしていた釣りバカが...
またある年には、半年間で、釣りを休んだのがたった2週のみだった釣病人が...だ。
この半年間釣りに行っていない!!のである。何故か...?
私は今病床にいる。あるやまい病で入院療養中である。
ある病とは「生体リズム障害」と言われるもので、いわゆる体内時計が狂った状態である。日の出と共に活動し、日没と共に休息する。太古の時代から何万年もかけて培われてきた自然の変化に合わせた人間の営みが、現代社会においては人工照明のもとで多くの人間の生体リズムに狂いを生じさせている。これに、心理的あるいは身体的負荷(ストレス)が掛かることにより、頭痛、けんたい倦怠感、睡眠障害等を併発する。
釣りという自然の営みに触れ合う素晴らしい趣味を持っていながら、その釣のために(もっとも釣の為だけではなく、日頃の不摂生による自得も多分にあるのだが...)人間としての自然の営みから外れてしまった。実に皮肉な話だ。
幸い一生釣りが出来ない程の病ではないことがせめてもの救いではあるが、
Dr.曰く(いわく)「釣り自体は凄く良いんだけど、夜中寝ないで車を走らすというのは...。ゴルフのように早起きして日中やる訳にはいかないもんですかねぇ〜?」
私曰く「先生!「朝マズメ」「夕マズメ」って言って、お魚さんにも食事の時間があってですねぇ〜!!」の悲痛な叫びも、「馬の耳に念仏」である。。。
更にDr.曰く「退院後も最低2年は夜行はやめましょう!ニコッ!!」チャンチャン♪である。
先日、私の尊敬するE氏にアドバイスを頂こうとKショップを訪ね、事情を話した。
「釣はそれ自体ばかりが楽しみじゃないよ!」
「釣り人が付けた踏み分けを一歩横にズレてごらん。違った世界が広がってるハズだよ!」
E氏は動植物の観察、撮影、きのこや山菜採りも楽しんでいる様子。
続けて、
「僕はね、大雨で釣りにならなそうな時、時合い的に釣りにならなそうな日中でもとりあえず釣り場へ足を運んで見るんだ。」「案の定、釣りにならなかったり釣れなかったりするんだけど、それをキッカケに新規ポイント開拓が出来たり、これだけ雨が降ればこの支流は濁るとか、あの支流は釣りになるとか...色んな発見があったりするんだよね。」
更に続けて、
「あまり、数・サイズに固執した釣りは面白味を半減させると思うんだ!」「例えば何週も通い詰めてやっと釣った奴、粘りに粘って仕留めた奴、小さくても素晴らしいファイトを見せてくれた奴、初めて彼(釣親友)と行った時に釣った奴、彼女と行って好い所を見せてくれた奴,etc...」「一匹、一匹、色んな想いがあるでしょ!」
E氏は私をさと諭すように淡々と語った。
「そんな話、当たり前にやってるし、感じてるよ!」と思う方もいるかも知れない。
が、しかしだ、釣りに行けない虚しさから、心が病んでいる私にとっては癒される言葉ばかりであった。
E氏の言葉を聞いて思い出したことがある。
そう、アングラーとして釣った初めてのトラウトのことだ。
もう10年以上前の古い話になるが、舞台は道東の名流、「斜里川」。
初めて入った川なうえ、ろくな知識も無く、適当に入ったポイントで、私はといえばドカジャンに軍手姿(笑)。そこで釣れたのは「20cmそこそこのアメマス」だった。
今でも鮮明に覚えているあの光景、あのポイント、あの魚が一気によみがえ蘇ってきた。
皆さんの初トラウトはどんな魚だったのだろう... |